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4月
08

観光タクシードライバーの小噺  お茶3

  

◆永谷園の本家は茶の歴史を塗り替えた
江戸時代以前は「お茶」と言えば、「抹茶」が主流。しかし、今から270年程前1738年に宇治田原町に住む、永谷宗円が「湯むし製法」を考案、「宇治製煎茶」が誕生。宗円は当時、茶商として名をはせていた江戸・日本橋の山本嘉兵衛のもとに持参。その美味に感嘆した嘉兵衛が、江戸市中に宗円茶をひろめた。その山本家は、「上から読んでも下から読んでも」で知られる山本山の旧名。「お茶漬け」でもおなじみの永谷園の創始者は、宗円の分家出身の故永谷武蔵。宗円は現代茶文化の租と呼べるかもしれない。
◆古来、お茶はかじるもの!
古来、中国のお茶は、葉を蒸してチョコレートのように圧し固めたもので、これを磚茶(たんちゃ)と言った。「磚」はレンガという意味で、このレンガ状のお茶を削って、細かく粉に挽いて食べた。喫茶はお茶を飲むことをいうが、喫は本来かじるという意味。レンガ状の磚茶をかじったから、喫茶と言った。
◆お茶の渡来の本当の理由
お茶は伝来以来、仏教と深く結びついて発展してきた。その理由は座禅をはじめとする修行の大敵である「眠気」を払うカフェインの効用ではなかったかと考えられる。世界中で千年以上も飲み続けられている、茶、コーヒー、ココアに共通する成分は、カフェイン。

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