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4月
18

観光タクシードライバーの小噺 八ツ橋1

京都観光タクシーのご案内/京都観光タクシー同友会

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◆京銘菓「八ツ橋」
八ツ橋は箏曲「六段の調べ」で知られる琴の開祖・八橋※検校の名にちなむという説が一般的。約300年前元禄2年、黒谷に葬られた検校の遺徳を偲び、参道の聖護院の森で琴に似た干菓子を土産品として売り出したのが始まりと言われている。米粉をベースに砂糖とニッキを混ぜて焼き上げた素朴な菓子。京都市内で八ツ橋を製造、販売するのは大小あわせて約20社ある。※検校→盲人の官名

◆「生八ツ橋」誕生
昭和24年、井筒八ツ橋が生八ツ橋にあんこをつめた、『夕霧』を売り出したのが最初で、一社だけでつぶあん入り生八ツ橋を売る時代が続く。当時は非常に手間がかかったため、土産物ではなく上菓子として売り出したが、大衆化が遅れ、爆発的なヒットは昭和42年の『おたべ』の登場を待つことになる。

◆『おたべ』の革命
(株)おたべは、京都では最後発の八ツ橋メーカー。先代の社長が、なにか新しい製品をと考え、1966年、紅葉パラダイスでの出店を契機に生八ツ橋『おたべ』は誕生した。ヘルスセンターに機械を持ち込み、実演販売したのがうけて、爆発的に売れたという。八ツ橋の革命は奇しくも滋賀県で起こった。「日持ちしなければ」という土産物の鉄則は、1964年の新幹線の開通、名神の全通による、大幅な移動のスピードアップにより破られることとなり、生八ツ橋は京都の代表的土産となった。

◆「生八ツ橋」の形と餡
三角の形には別に意味はなく、箱に詰めやすく、見た目がきれいで、職人でなくても、簡単に手折りできるという作業上のこと。生八ツ橋がつぶあんにしているのは、関東のしるこ⇔こしあん文化に対して、関西はぜんざい⇔つぶあん文化で、自然とつぶあん入りになったといい、ほとんどのメーカーはつぶあん入り。こしあんの八ツ橋が食べたければ、西尾老舗の『おまん』ぐらいかと思われる。

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