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4月
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蕎麦(そば)について

【蕎麦(そば)】について

◆ソバの栽培

ソバの原産地はアジア北中部で、日本には8世紀ごろ朝鮮をへて渡来したものと思われる。ソバは生育期間が短く、春秋2回の収穫も可能であり、しかも寒冷なやせ地でもよく育つので、奈良時代から救荒作物として栽培された。日本での最初の栽培地は、滋賀県伊吹山麓ではないかと言われている。

◆ソバの最初の食べ方

ソバは当初、果皮だけを除いたものを粒のまま米、麦に混ぜたソバ飯として食べていた。そのソバ飯は江戸時代まであったことが知られている。やがて、ひきうすの普及に伴って、粉末にしたソバ粉を水で練って蒸す「ソバだんご」や、熱湯で練る「ソバがき」を食べるようになった。

◆白いソバ、黒いソバ

ソバの果皮と実は、普通の方法では他の穀類のように精白して粒食にすることはできない。ソバ粉を作るには、製粉機で粗挽きし、ふるいで外皮の大部分を除去すると白色となり(一番粉)、荒いふるいで分けると外皮が混入して黒色となるが、風味はかえってよいとされる(二番粉)。

《更科そば》  一番粉を使用、なめらかな舌ざわりと白さもつが香気に乏しい

そば》      二番粉を使用、色は黒いが栄養があり、香気も強い

◆そば切り

ソバ粉はだいたい水を加えてこねるだけでは線状になりにくく、さらに湯に入れてゆでると切れ切れになってしまうことが多い。そのために数々の打ち方が工夫されてきた。今のようなめん状の「そば」、いわゆる「そば切り」ができたのは江戸時代初期のことで、その発生期は、つなぎを混ぜないソバ粉一本で打つ「生(き)そば」であったが、東大寺に来た朝鮮の僧・元珍が、つなぎに小麦粉を使うことを伝えてから、そば切りが一般化してきた。

◆二八そば

「そば切り」の打ち方として、ソバ粉8に対して小麦粉2の割合で混ぜた「割りそば」がもっとも普通におこなわれる。1664年、そばを作って売っていた菓子屋がめん類食の専門店として現れ、「二八そば」と称して売り出した。二八とは、配合割合と値段の16文とをかけたものである。しかし、現在の配合割合は、二八が望ましいが、一部の店を除けば、ほとんど同割なのが実状である。

◆のれんに生蕎麦!

ソバ粉一本で作る正統なそば切りが「生蕎麦(きそば)」であり、高級店では「生蕎麦」を看板にし、時代が下がるにしたがって品質の低下した二八そばとの格差を強調した。しかし、幕末になると二八そば屋までが「生蕎麦」を名乗り、両者の区別はできなくなった。

◆もり・かけそば・しっぽく

そば切りは初め汁をつけて食べる一種類だけだったが、元禄頃に男などは面倒臭がって汁をかけて食べる風があった。これを「ぶっかけそば」として売り出した店があり、その後、寒い時期にそばを温め熱い汁をかけて出すようになった。そのぶっかけそばが「かけそば」になり「かけ」と省略した。ぶっかけがはやるにつれて、従来の汁をつけて食べるそばを「もり」と呼んで区別した。ぶっかけそばにいろいろの具をのせたのが加薬そば、また、卓袱料理からヒントを得た加薬そばを「しっぽく」といった。卓袱料理とは、長崎地方から流行して日本化した中国料理で、お寺での普茶料理のことをいう。

◆鴨なんばん(鴨なんば)と九条ネギ

「なんばん」は「南蛮」の意で、日本に来たポルトガル人やスペイン人が、未知の国での病を恐れ、殺菌作用のあるネギを油で炒めて盛んに食べたことから生まれた言葉。ネギを入れることを南蛮と言い、鴨を加えて「鴨なんばん」と呼んだ。昔から異風なものを南蛮といったようだ。ちなみに、大阪の難波(ナンバ)は、ネギの栽培地として有名であったと言いい、京都の九条ネギの原産ときく。

◆そば椀について

そば椀は木地椀に始まり、磁器の平皿を経て、幕末ごろ蒸籠(せいろ)にうつったようである。丸蒸籠が普及したのは、明治の初めで、もり蒸籠が衛生上、はめ込みから置き簀にかわったのは戦後のこと。わんこそば、わりごそばは、食器である椀コ(破子(わりご))から出た名称。ざるそばも、ただ竹ザルにそばを盛ったから名付けられた。

破子→食物の入れる器で、ヒノキの薄い板を曲げて丸く作ったオリに、かぶせ蓋をしたもので、ふたも身も同じ深さで同形から「わりこ」と呼ばれた。

◆年越しそば

そばは伸びる。延命長寿や身代が伸びる。また、そばは切れやすいため、旧年の苦労、災厄、一年中の借金を打ち切る。庶民の切実な願いを、そばに託したと思われる。しかし、生蕎麦は伸びないがよく切れる。伸びるそばはつなぎの小麦粉が多いことによる。

◆引越しそば

江戸での引越しそばは、手軽にすむところからはじまった。また、「そば近く」と言う言葉をもじったもので、近所や大家に配った。しかし、上方にはこの風習はない。

◆そばの栄養とそば湯

ソバ粉の主成分はデンプンであるが、タンパク質、ビタミン等も多く栄養価が高い。特に、高血圧の人によい。酒を飲んだあとにそばを食べるのは、ソバに含まれるビタミンB2がアルコール分を中和するからである。また、そばを食べたあと、そば湯を飲む風習は信州から起こった。ソバのタンパク質は水に溶けやすく、ゆでたそば湯の中には溶けた栄養分が含まれていることを、昔の人達は知っていた。

◆にしんそば

にしんそばは南座の隣の《松葉》が発案。《松葉》の創業は江戸の末期で南座の客を相手に芝居茶屋を開業したのがはじまり。鮮魚に乏しい京都で魚類の干物の料理として工夫されたこのそばは、京名物の代表格といえる。ニシンを器の底に敷くのは、ニシンの旨みがつゆにじんわり溶けださせるため。

◆そばほうる

江戸時代中頃、そば屋ではじまった河道屋の安兵衛が考案した南蛮菓子。ほうるは、ポルトガル語のボーロ(bolo)。南蛮菓子のボーロは円形をしているが、そばほうるは梅の花とつぼみの型に抜かれている。梅の花型は風雅を好む日本人の着想という。有名店・河道屋総本家(麩屋町姉小路東入ル075-221-4907)

◆常食でないソバ

食料としてのソバは、全国いたるところに普及愛好されているが、米・小麦に比べると極端に収穫量が悪く限界があり、品種改良も難しく進んでいない。なおかつ、実にしたり粉にしたりすると量が減り、良質のソバ粉はさらに量が減る。ソバは年間をとおして人間の口に入りにくく、常食にはならなかった。

◆ソバの産地

ソバの83%は輸入にたよっている。国内の生産量の内訳は、北海道37%、鹿児島14.5%、その他に福島、茨城、栃木、長野、宮崎が主な産地。関西地方で食べるそばは、すべてが外国からの輸入のソバだと思って間違いなさそう。

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