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4月
27

観光タクシードライバーの小噺  焼きもの3

◆釉薬の発明はガラスに!
陶磁器の表面を覆うガラス質部分を釉薬、釉、ウワグスリという。釉は陶磁器の表面を美しく滑らかに強くし、吸水性を減らす。釉薬の発明は西アジアと中国。西アジアは最初にソーダガラスが誕生し、それを陶磁器に利用することで釉薬が発展した。中国では土器を焼いている灰がそれ自身にかかり、自然釉を作ることに着想し、釉薬を人為的に考え出した。施釉陶器はすべてこの二地域からの技術によるといわれている。この釉薬の発明は、後、単独なガラスへと発展していく。
◆「唐津もの」「瀬戸もの」
江戸期の前は関ヶ原以東ではやきものを「せともの」、西では「からつもの」といっていた。唐津焼は、秀吉の朝鮮出兵で朝鮮半島から連れて来られた陶工が始めロクロや登窯が導入されて効率的に量産された。丈夫な陶器の「からつもの」が人気を集めた。一方、鎌倉、室町時代に栄えていた瀬戸は、有田の磁器に押され、苦境に立たされていたが、有田で密かに磁器の製法を学んだ加藤民吉により、文化4(1807)年に瀬戸で本格的に磁器の生産を始め、廉価で丈夫な「せともの」が誕生する。「西の唐津、東の瀬戸」がやきものの代名詞となる。後、唐津が廃れ、瀬戸が優位にたち、関西でも「せともの」というようになった。
◆楽焼は瓦工から
楽焼は聚楽焼の略称で桃山時代に京都の陶工、長次郎によって作られ始めた、最も古い京焼の一つである。ただし、京焼でないという人もある。長次郎は聚楽第で窯を築き、茶器や瓦を焼いていたが、そのできばえが秀吉に認められ、「樂」の金印を賜ったことにより、樂家の性となり、茶碗の裏に「樂」なる印を押し始めた。楽焼は、茶の湯のために造形するという目的をもつため、日常生活の容器は作られていない。樂家は当代で15代を数える。

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