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5 月 23 2008

観光タクシードライバーの小噺  京都の路8


【洛中 南北路(先斗町~佐井通)-2

  • 【寺町通】平安京の東京極大路にあたり、幅32mのもっとも東にある道路であった。現在の寺町通りが誕生したのは、秀吉の京都大改造による。通り名もこのときにつけられている。また、寺町通りは、その名が示すように東側は、ほとんど寺院で占められており、その数約80か寺、諸塔頭を含めると、ぐんと増大することになる。
  • 【御幸町通】秀吉による京都大改造によって生まれた通りである。通り名の由来は、秀吉が大阪または伏見城から御所に参内するときに、この道をよく使用したことによる。「御幸」は、天皇・上皇だけに使用する言葉であるが、関白・秀吉の行粧、行列は天皇以上のものであったためと思われる。
  • 【麩屋町通】平安京の富小路にあたる。この通りの西側の通りは、現在「富小路」と呼称されているが、秀吉の改造で、ちょっとややこしくなり逆転したようです。通り名の由来は、江戸時代の初め頃、この通り筋に豆腐・麩・麺類を商う人が多数集住していたと言われている。ただし、17世紀後半の段階では、麩屋・豆腐屋の職種はなくなっており、集団移転したか、商売替えでもしたのか、変化が実に早い。
  • 【富小路通】秀吉による京都大改造で出現した通りです。本来、この富小路は平安時代の小路名であるが、旧富小路の道筋は、東側の麩屋町通りにあたり、この通りは、まったく新しく貫通された通りです。
  • 【柳馬場通】平安京の万里小路にあたる。京都大改造のおり二条通りとの道筋に、「二条柳町」と言う、京都一、いいかえれば当時日本一の遊里がつくられた。しかし、二条城の造営にともなって六条の地に移転(六条柳町)、その跡地に豊国祭臨時祭礼での大規模な馬揃えがあり、柳馬場は、これにちなむものと言われている。

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