5 月 28 2008
【洛中 南北路(先斗町~佐井通)-7】
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【大宮通】平安京の大宮大路にあたる。通り名の由来は不明。五辻通から元誓願寺通までは、通称、糸屋町。「糸屋町には、傘いらん」西陣の人はかつてこう言った。家々は紅殻の千本格子に虫籠窓で、深い軒下(かしき造り)をもっていて、雨の日に命より大事な生糸を守ったという。
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【智恵光院通】秀吉の京都改造後にできた通り。通り名の由来は一条上ル西側に浄土宗・智恵光院(1294年創建)という知恩院の末寺による。
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【壬生川通】平安京の壬生大路にあたる。「壬」が水を意味し、水に縁が深いことからの命名かも知れない。壬生川通りというが今、その川はない。また、この通りは二条大路で平安京の大内裏の美福門に突き当たるため美福門大路とも呼ばれた。二条城の西側【美福通】の由来である。
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【浄福寺通】秀吉の京都改造後に開かれた道で、笹屋町下ルの浄土宗・浄福寺が通り名の由来である。寺は平安時代に創建、現在地に移転したのは1615年。
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【坊城通】平安京に坊城小路にあたる。通り名の由来はわからない。坊城小路一帯が「壬生」と呼ばれ、水と係わりあいが京野菜の壬生菜、芹などを産した。
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【千本通】平安京の朱雀大路にあたる。平安京造営時、朱雀門から平安京南端の羅城門まで、幅85mの朱雀大路が一直線に通っていた。また、いつの頃から千本通りと呼ばれたかは明らかではなく、通り名の由来については、千本の卒塔婆が道の両側に立ち並んだとも、千本の桜が並木をなしていたとも言われている。
