【金閣寺の紅葉2008年11月16日】
1397年(応永4)、足利義満が西園寺家の山荘を譲り受けて造営した北山殿。金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世に現したといわれ、後小松天皇(一休の父)を招いたことは有名。義満は中国の明使とここで引見し、「日本国王」の称号を受け、貿易を盛んにして文化の発展に貢献したところ。有名な北山文化を生み出した。義満の死後、遺言によって禅寺に改め、義満の法号にちなんで鹿苑寺とした。はじめは多くの堂塔があったと伝えているが、応仁・永禄の兵火によって金閣を除くおもな建物を焼失した。
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