11 月 14 2008
10 月 28 2008
大覚寺門跡の嵯峨菊
【大覚寺・嵯峨御流】
大覚寺門跡の玄関に嵯峨菊の花が飾られていました。まだこれからだと思いますが、ほんの少しだけ花が咲いていました。由来については、嵯峨天皇が大沢池の菊ケ島に自生していた野菊を持ち帰り、花瓶に投げ入れたところ、その趣が「天、地、人」の姿になったと云われ、「後世、花を愛でる者は、これを範とすべし」と仰せられたといいます。このことから大覚寺は「いけばな発祥の地」ともいわれて、嵯峨御流の家元となっています。菊ケ島に自生していた嵯峨菊は、品種の改良がおこなわれ、独特の花弁の形を持ち、一鉢に三本を立て、花は先の方が3輪、真ん中が5輪、下の方に7輪と七・五・三に花をつける独特な形をしています。本番は11月初旬でしょうか。
10 月 22 2008
嵯峨大覚寺の紅葉
大覚寺沿革
嵯峨天皇の離宮を876年(貞観18)、淳和天皇の第二皇子・恒寂法親王が開基となり寺に改め、代々法親王が住持した門跡寺院。鎌倉時代、亀山天皇や後宇多天皇が入寺されて院政を行ったため嵯峨御所と呼ばれた。この皇統は大覚寺統(南朝)と呼ばれ、他の皇統、持明院統(北朝)と交互に皇位につくことになっていたが、後醍醐天皇でこの原則が崩れ、さらに足利尊氏が持明院統を擁立した事から、南北朝の争いに発展する。1392年、足利義満の時、この大覚寺において講和が成立、南北朝合一となる。















