11 月 04 2008

高台寺の初秋2008年11月4日

京都観光タクシーのご案内/京都観光タクシー同友会
【高台寺の初秋】
 高台寺は慶長10(1605)、豊臣秀吉の正室・北政所が秀吉の菩提を弔うために創建されました。徳川家康が北政所の歓心を買うために、財を惜しまず寺の造営を援助したといいます。また、伏見城の一部を移築したりして、かつては壮麗な寺院であったといいます。庭園は、小堀遠州作と伝え、東山を借景にした庭園です。開山堂を中心にして、西は偃月池、東は臥竜池といい、夜の特別拝観の時、臥竜池に映し出される紅葉には、驚かされます。天地がひっくり返ったような、底のない風景がそこに、演出されています。ぜひ、一度、訪れてみてください。


【11月4日、高台寺開山堂前の紅葉】


【11月4日、高台寺臥龍池】

感想を書く

8 月 07 2008

観光タクシードライバーの小噺 狛犬について

八坂神社の狛犬

  • 狛犬とは守護と装飾のため神社仏閣の参道におかれた獣形の像。口を開いたものを獅子(角がない)、角があるのを狛犬というが、両者は混同して狛犬(こまいぬ)と呼ばれている。阿(向かって右)・吽(向かって左)像になっていると思われがちだがあまり関係がない。そもそも狛犬は神殿や建物内にいたもので、神社の参道などにおかれるようになったのは、江戸中期からと思われる。
  • 史上では日光東照宮の参道に狛犬を奉納する許可をしたというのがみえる程度である。京都市で最も古い狛犬は安井金毘羅宮のもので、1767年の奉納。次に北野天満宮の1810年であり、今出川通に面した狛犬は京都府最大で昭和9年奉納の青銅製である。ちなみに、北野天満宮の狛犬の中には男性のシンボルが彫ってあるのもある。
  • 八坂神社の狛犬は、府内で一番怖い顔をしている。
  • 清水寺の山門前の狛犬は、阿と阿で、阿吽ではない。東大寺の仁王門の北側にある狛犬と同じ。
  • 資料「京都狛犬巡り」小寺慶昭著より

京都観光タクシーのご案内/京都観光タクシー同友会

感想を書く

7 月 11 2008

観光タクシードライバーの小噺 祇園犬矢来考

【犬矢来考】

  • 犬矢来(いぬやらい)は、竹や丸太を縦横に組んで、庇の内側から通りにさしだしてつくられた垣です。家のすそを泥はねなどから、また、犬のおしっこから保護するのが目的だといわれています。町家の表を格子で囲った駒寄せと同じ役割から「犬駒寄せ」の別名があります。犬矢来は、今や、祇園の町並みには欠かせない風景です。
  • 観光タクシードライバーの目から見ますと、犬矢来は別に大きな目的があるのではといつも思います。祇園町は、盛り場です。盛り場にお酒はつきものです。お酒がはいると、自然と尿意をもようしてきます。夜、盛り場を空車タクシーで流していると、暗闇にまぎれている人影を見ることがあります。何をしているのでしょうか。想像に難くないところでしょうか。
  • 犬矢来のあのカーブは、非常に微妙に気になるカーブです。何かをかけるとかけた本人に帰ってきそうです。私の思いすごしでしょうか。

京都観光タクシーのご案内/京都観光タクシー同友会

感想を書く

3 月 28 2008

円山公園の枝垂れ桜(五両桜)2008年3月28日

08-3-27maruyama-shidare_13661.jpg
初代の枝垂れ桜が枯死したのは昭和22年。 もとは八坂神社(祇園感神院)境内の宝寿院の庭にあり、ほとんど人に知られていなかった。明治の神仏分 離で境内のお寺が取り払われて、この桜が残った。明治6年ころ、まさに伐採されようとしていたところ、著名な実業家で文化人の明石博高(ひろあき)が買い 取った。伐採の業者が「切って印材にすれば五両ぐらいになる」と聞き、その場で五両という金額で話がまとまった。昭和2年、先代佐野藤右衛門が、枝垂れ桜 の種を譲り受けて、右京区山越(やまごえ)の庭園に植えたものが現代の2代目。移植は24年。桜は同じ場所に連作するのを嫌うので、トラック20台分の土 を入れ替えた。桜の運搬は牛車であったという。
佐野氏の名著「桜守二代記」に、昭和25年9月1日のジェ-ン台風京都直撃の記述がある。ごうごうと音を立て今にも折れそうな桜の幹に佐野氏はしがみつ き「わたしは大地にグンと両足をふんばって桜の支えとなり、こんりんざいはなすまいとあらんかぎりの力をふりしぼりました。そして神仏に祈り、風雨のしず まるのを願ったのです」
このように、円山公園の枝垂れ桜には多くの人々の気持ちが込められています。ちなみに、円山の枝垂れ桜の子孫は、現在でも佐野邸でそだてられている。

感想を書く